表題の意味は、いつまでも健康であるようにと長寿を祈るということです。今の社会は、長寿を全うすることができます。文化の発展したお陰で、食べるものには不自由せず、病気になったら、医者が治療してくれるし、欲しいものは手にすることができる。などなどこんなに幸せな社会はありません。幸せすぎるのです。だからこそ、健康には気をつけなければなりません。健康のありがたみは、病気になって初めて気づくのです。身体が不自由にならなければ、わかりません。重き病気になれば、後悔するのです。
お寺は、健康のありがたさを感じるところであり、健康を祈る場所です。健康祈願、病気平癒、心願成就、国の安全、地域の安全を祈ります。一度お参りに来てください。きっと心の安らぎが得られると思います。
お寺は、健康のありがたさを感じるところであり、健康を祈る場所です。健康祈願、病気平癒、心願成就、国の安全、地域の安全を祈ります。一度お参りに来てください。きっと心の安らぎが得られると思います。
Posted by 住職日記 at
01:21
表題の意味は、禍転じて福となる。ということです。禍は、福を招くということで在り、先日の節分で、鬼は外、福は内と叫びながら、家のな中を歩き回ったのではないでしょうか。
鬼は、心の中に潜み、それをはき出すことで、福は来るのです。
お寺もそうです。心の悪いものをはき出すことで、いいものが来るのです。これが焼香なのです。当山では、参詣者には、必ず、焼香をしてもらっているのです。
人々は、苦しいのです。その苦しみをはき出させることが、お寺で在り、また、僧侶は、人々の声を聞いて上げるのです。そうすることで、心が安らかになり、また生きなおそうとするのです。それが、お寺です。先日も心の悩みを打ち明けに来てくれました。そしてお経を称えて、心静かになっていただきました。
鬼は、心の中に潜み、それをはき出すことで、福は来るのです。
お寺もそうです。心の悪いものをはき出すことで、いいものが来るのです。これが焼香なのです。当山では、参詣者には、必ず、焼香をしてもらっているのです。
人々は、苦しいのです。その苦しみをはき出させることが、お寺で在り、また、僧侶は、人々の声を聞いて上げるのです。そうすることで、心が安らかになり、また生きなおそうとするのです。それが、お寺です。先日も心の悩みを打ち明けに来てくれました。そしてお経を称えて、心静かになっていただきました。
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16:45
最近、窮地に立たされることが多いです。有る方から、注意を受けても、すぐに人間が豹変すると言われるのです。緊張感がないとか、さんざんのめにあっているのに、次の瞬間には、開き直ってしまうとか、反省がないとか、よく言われて、落ち込んでしまいます。だけど、時間が経てば、ころっと人間性が変わるという性格の持ち主です。信用がなくなります。
ある意味、よい性格とも言われるのです。だけど、本人にとって、もっとも嫌になります。こんなことでは、ダメなのに、生きるすべがないと考えるのですが、・・・。
だけども、しぶとく生きています。いつ、一生が終わるかもしれないのに、こんなことでいいのでしょうか。とつくづく考えふけっています。
ある意味、よい性格とも言われるのです。だけど、本人にとって、もっとも嫌になります。こんなことでは、ダメなのに、生きるすべがないと考えるのですが、・・・。
だけども、しぶとく生きています。いつ、一生が終わるかもしれないのに、こんなことでいいのでしょうか。とつくづく考えふけっています。
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00:12
玉泉寺の境内地には、100年以上の庫裡建物が有ります。今なお、健在です。だけど、昨年の台風で、壁が墜ち、すごく痛んでいますが、柱、梁、床下は頑丈です。そんな、古い建物を壊すのは忍びないです。古き建物のいのちを後世に引き継いで行きたいという思いがあります。これを修復する為に、二月、三月にかけて、歩いて浄財を集める計画をしています。
つきましては、趣意書を作り、呼びかけに行きますので、何卒宜しくお願いします。
素晴らしい建物でしょう。
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08:45
節分と言えば。悪魔払いです。鬼は外、福は内と叫びながら、鬼の退散を願う神事です。門口に、柊とイワシの頭を置いて、災いが入らぬようにする伝統があります。
災いを家に入らぬようにする事です。
明日は日曜日です。節分の豆まきをします。良かったら、お参りに来ませんか、心経を唱えて悪魔払いをしますよ。
災いを家に入らぬようにする事です。
明日は日曜日です。節分の豆まきをします。良かったら、お参りに来ませんか、心経を唱えて悪魔払いをしますよ。
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07:48
慈しみの心があれば、すべての人々が平和で、心安らかに暮らすことができるのに、自分中心に生きていけば、争いごとは起こる。これを、修羅の世界で在り、修羅で苦しむ人々がたくさん出来る。
だから、お釈迦さんが、説くのです。その説く根拠は、法華経にあります。法華経は、素晴らしいお経です。
来る、四月5,6,7日の三日間、総本山西教寺で、開催される法華千部会で読祷されます。
この法要の趣旨は、家内安全、息災安穏、世界平和、学業成就です。お参りいただき、お祈りいたしませんか。私が、この法要の進行をしています。
だから、お釈迦さんが、説くのです。その説く根拠は、法華経にあります。法華経は、素晴らしいお経です。
来る、四月5,6,7日の三日間、総本山西教寺で、開催される法華千部会で読祷されます。
この法要の趣旨は、家内安全、息災安穏、世界平和、学業成就です。お参りいただき、お祈りいたしませんか。私が、この法要の進行をしています。
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06:40