もう懲りたという。人生、苦しいし時につかう言葉としてされています。投げ出しくなることが多いと思います。私も。先が見えない時につかいます。しかしながら、本来の意味は、おのれを忘れて、他人の幸せのために働きなさいです。この言葉は、今から1200年の昔、最澄が作った言葉です。最澄は、人は国の宝です。国を作るには、善き人を創ることであります。会社でもそうだと思います。人材を育成してこそ、儲かるのです。儲かるから人々の幸せが得られるのです。幸せは、他人を幸せにしてこそ、自分の幸せが来るのです。
人生もう懲りたのではなく、人のために動きましょう。そうすればあなたは幸せになれるのです
人生もう懲りたのではなく、人のために動きましょう。そうすればあなたは幸せになれるのです
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17:56
私たちは、もろもろのいのちをいただいています。つまり生かされているのです。難しい理屈抜きにして、お互いが、ただ、ひと言「ありがとう」という言葉を交わしあうことが必要なのです。
いつでも、どこでも、自分自身、腹の底から「ありがとう」「おかげ様」と感じる豊かなゆとりある心持ちこそ肝要です。
いつでも、どこでも、自分自身、腹の底から「ありがとう」「おかげ様」と感じる豊かなゆとりある心持ちこそ肝要です。
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08:27
どんなちっぽけなことでも
誰かのお役に立ちたい
その想いは、自分の心やさしく、豊かな気持ちにさせてくれる
そしてそこから生きる意欲を持ち、前向きな気持ちでいると
成功感が得られる
この気持ちでいると、若返り、人生楽しく生きられる
誰かのお役に立ちたい
その想いは、自分の心やさしく、豊かな気持ちにさせてくれる
そしてそこから生きる意欲を持ち、前向きな気持ちでいると
成功感が得られる
この気持ちでいると、若返り、人生楽しく生きられる
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10:16
多くの人々と一ところで出会うという意味です。この言葉は、阿弥陀経の中にあります。人は、亡くなると、浄土の世界に行くのです。その浄土の世界は、如来様や菩薩様が穏やかに暮らされています。その世界に行くということは、多くの人に出会うことなのです。しかしながら、現世の世界でも、出会いながら、生きていくことの喜びは大きいのです。
わたしは思うのです。人はみんなに支えながら生きていくのですから、生きていけるのです。仏の世界でも、多くの菩薩様に出会い、穏やかに暮らせるのだから、現世でも、出会う喜びを感じていただくことが倶会一処であると思います。
わたしは思うのです。人はみんなに支えながら生きていくのですから、生きていけるのです。仏の世界でも、多くの菩薩様に出会い、穏やかに暮らせるのだから、現世でも、出会う喜びを感じていただくことが倶会一処であると思います。
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08:26
人は皆、愚痴をこぼさずにいられない生き物です。あの人は愚痴などがないからいいですね。とよく聞きます。でもうちに秘めている人が多いのです。
法華経の法師品の中に書かれています。お釈迦さまに聞いてもらえるから、愚痴がなくなるのです。
たとえばの話ですが、ケーキを食べに行こう誘ってあげると、その人は救われるのです。なぜなら、おいしいケーキを食べて憂さを晴らせるからです。ケーキが嫌いな人はどうでしょうか。ケーキを食べなくても一緒にいることだけで救われるとお釈迦様は説いておられるのです。そして、願い生まれてきたのだから、とことん願いに生きてみようではありませんか。
法華経の法師品の中に書かれています。お釈迦さまに聞いてもらえるから、愚痴がなくなるのです。
たとえばの話ですが、ケーキを食べに行こう誘ってあげると、その人は救われるのです。なぜなら、おいしいケーキを食べて憂さを晴らせるからです。ケーキが嫌いな人はどうでしょうか。ケーキを食べなくても一緒にいることだけで救われるとお釈迦様は説いておられるのです。そして、願い生まれてきたのだから、とことん願いに生きてみようではありませんか。
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09:30
我所有福業 今世若過世 及見仏功徳 尽回向仏道
今、過去と仏にまみえた功徳は、すべて仏道修行をすれば、幸福になれるという意味です。
人間もの心がついてから、仏道修行をすれば、幸せになる。仏道修行とは、正しい行いと仏を念ずる心を常に持ち続ければ、しあわせの暮らしができるものです
今、過去と仏にまみえた功徳は、すべて仏道修行をすれば、幸福になれるという意味です。
人間もの心がついてから、仏道修行をすれば、幸せになる。仏道修行とは、正しい行いと仏を念ずる心を常に持ち続ければ、しあわせの暮らしができるものです
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21:36
昨日、4回目の法話会を開催したところ、初めて8人が参加がありました。大変ありがたかったです。緊張もしました。しかし、聞いてくれる人がいることに感動しました。法話会は、仏の教えを聞いてもらい、元気になってもらうことが目的で開催しています。
わたしにとって、感動しました。これからも毎月1回は開催していこうと思いますので、御参詣ください。
次回は、5月17日(日)午前8時半ですので、来てください。
わたしにとって、感動しました。これからも毎月1回は開催していこうと思いますので、御参詣ください。
次回は、5月17日(日)午前8時半ですので、来てください。
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09:04
がんばるを漢字で書けば、「願生る」 願に生きるということです。つまり人生をきらりと輝かせてくれる言葉です。
「願って生まれる」必ず良いことがあるとか頑張ろうねというプラス思考な未来を明るくなる言葉です。
悩み苦しむ人を救ってあげたいという慈悲の心から、自ら願ってこの世に人間として生まれてきた感謝の心が法華経に説かれています。
「願って生まれる」必ず良いことがあるとか頑張ろうねというプラス思考な未来を明るくなる言葉です。
悩み苦しむ人を救ってあげたいという慈悲の心から、自ら願ってこの世に人間として生まれてきた感謝の心が法華経に説かれています。
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02:02
此の世は、移り変わる世界なのです。日が立てば、苦が楽に変わるのです。今日苦しい思っても、明日には、代わるのです。ずっと同じことが起こらないのです「。だから良いのです。じっと耐えておれば、救われるのです。それを説いているのは、観音経です。もし読んでみようと思えば、仏光堂でお尋ねください。それか玉泉寺にお尋ねください。本日、8時半より第4回法話会をしますのでお参りください。時間の都合で無理な方は、午後4時まではお寺にいますのでぜひ来てください。宗派問わずです
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03:57