2019年11月24日    仏道にならういうは、自己をならうなり

仏道とは、正しき教えを学ぶ道である。
此の世の中、善悪の心があって、どうしても悪の心が攻めてくる。
ちょっと気を許すと、物を盗んだり、うそをついたりして、自分の身を守ろうとする。体裁をつくろうことになる。なかなかありのままの姿ではいられない。うそをつくと、またうそで塗り固めてしまい、苦しみが増えてしまいます。ほんとやっかいなものです。
正直に生きることが自己の道なのであります。でも正直のは生きられない。
だから、仏道を修行するのである。仏の教えを身につけ、正しい道をまなび、身をきよめることである。
 お寺は、身をきよめるために、先人が苦労して建立されたのである。そのお寺を守ることは、先祖を敬い、後世の人々の幸せを祈るのである。
 先祖供養は、私たちの存在を知らしめるものであるとかたく信じています。



Posted by 住職日記 at 07:21