2016年06月23日 斉食の言葉について
われ、今受けるは、道業のための食、十方の如来に捧げ、護法の神技に奉り、六道の生類に施し、平等に今食を受ける。まさに良薬を服するの想いに住して、法体を長養し、三宝の恩に報いたてまつらん。謹みて天地の恵みを思い、品の多少を選ぶことなし、いただきます。
というふうに食前の言葉です。
食事は、お百姓さんに感謝して、良薬のごとく、体に栄養を与えて、どうか、寿命を延ばしていただけるよう、いただくことを感謝して取るのであります。また、六道に生きる餓鬼らに施して、平等に食事を取らせてもらうのです。自分だけが食事をするのではなく、私の周りに生きる虫や動物にもおすそわけして、みんなが幸せにすることでなければ、寿命が延びないと言うことです。
いわゆる自分が幸せに生きると言うことは、周りの人々が幸せにならなければ、生き延びることがないと言うことです。
食事が終わると、願わくは、この心身を捧げて、己が道業にいそしみ、一切の悪を断じ、一切の善を修し、一切の衆生を救い、広く仏道に回向し、誓って三宝の恩に報い奉らん、ごちそうさまでした。
というふうに食前の言葉です。
食事は、お百姓さんに感謝して、良薬のごとく、体に栄養を与えて、どうか、寿命を延ばしていただけるよう、いただくことを感謝して取るのであります。また、六道に生きる餓鬼らに施して、平等に食事を取らせてもらうのです。自分だけが食事をするのではなく、私の周りに生きる虫や動物にもおすそわけして、みんなが幸せにすることでなければ、寿命が延びないと言うことです。
いわゆる自分が幸せに生きると言うことは、周りの人々が幸せにならなければ、生き延びることがないと言うことです。
食事が終わると、願わくは、この心身を捧げて、己が道業にいそしみ、一切の悪を断じ、一切の善を修し、一切の衆生を救い、広く仏道に回向し、誓って三宝の恩に報い奉らん、ごちそうさまでした。
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住職日記
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17:47