2015年08月31日 憎まれっ子世にはばかる
子ども時代、腕白小僧であったものが、成人してかから、出世する。親から全く期待されていなかったにも関わらず、成功している人の例をは多くあります。人から憎まれているものに限って、案外、世の中で幅をきかせているものでです。
はばかるというのは、立ちはだかって幅をきかせているという意味です。
悪いものほど栄えるもので、草で言えば、雑草のようなものが、はびこるに似ています。ところが毒草変じて薬となるということがことわざが有りますが、毒なる薬草が薬に変じて有益になるものです。
佛教では、この雑草となるのが、煩悩徒と説いています。しかも煩悩が強いほど、また悟りもまた深いということです。限りなき人間の煩悩を立断ちきるとき、悟りもまた限りなく深いものです。しかも雑草は次から次へと生えてくるもので、夏草の茂り方はものすごく、植木を枯らせて
しまう勢いです。夏にかけて農家は草との戦いです。
同じように私たちも煩悩という雑草によって仏性がむしばれてしまうのです。髪の毛やひげ同じで、たえず剃ってこそ、心身清らかになるのです。ほっとけば毎日伸びて、むさ苦しくなります。
概しておとなしくて、人にかわいがられるような子は、身体も精神も良好です。これに対し、いたずらをしたり、乱暴をしたり憎まれる子は、たいてい、身体も頑健であり、精神もたくましいものです。
世に出てからも生活力が人一倍強く、成人してからもこのような人は、人の憎まれるような生き方をします。がまんならない話ですが。その旺盛な生活力に圧倒されてどうにもなりません。ここから表題のことわざが生まれています。
これから先、たくましく生きたいものです。
はばかるというのは、立ちはだかって幅をきかせているという意味です。
悪いものほど栄えるもので、草で言えば、雑草のようなものが、はびこるに似ています。ところが毒草変じて薬となるということがことわざが有りますが、毒なる薬草が薬に変じて有益になるものです。
佛教では、この雑草となるのが、煩悩徒と説いています。しかも煩悩が強いほど、また悟りもまた深いということです。限りなき人間の煩悩を立断ちきるとき、悟りもまた限りなく深いものです。しかも雑草は次から次へと生えてくるもので、夏草の茂り方はものすごく、植木を枯らせて
しまう勢いです。夏にかけて農家は草との戦いです。
同じように私たちも煩悩という雑草によって仏性がむしばれてしまうのです。髪の毛やひげ同じで、たえず剃ってこそ、心身清らかになるのです。ほっとけば毎日伸びて、むさ苦しくなります。
概しておとなしくて、人にかわいがられるような子は、身体も精神も良好です。これに対し、いたずらをしたり、乱暴をしたり憎まれる子は、たいてい、身体も頑健であり、精神もたくましいものです。
世に出てからも生活力が人一倍強く、成人してからもこのような人は、人の憎まれるような生き方をします。がまんならない話ですが。その旺盛な生活力に圧倒されてどうにもなりません。ここから表題のことわざが生まれています。
これから先、たくましく生きたいものです。
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住職日記
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08:03