2015年08月30日    跡取りの子どもについて

家を継ぐべき子どもは、とかくお人好しのところが有ると言われています。これは決して間が抜けているとか、おろかだとというのではなく、こせこせしないおうようなところ有ると言ったものです。私も同じです。
そこで法華経に長子窮子のたとえ話があります。窮子というのはこの世をさまよっている息子のことです。
 昔インドに何不自由のない金持ちががおりました。たった一人跡取り息子があり、その息子は、蝶や花よと育てられましたが、ある日、家出をしてしまいました。そこで、長者は自分の『財産を全部処分したお金で。いろいろな国を次から次へと子どもの姿を求めて、探し回ったが、子どもを見つけることが出来ませんでした。その後、十年むなしく過ごした後、これまでと違った国で商売を始めました。たちまちに億万長者となり、豊かな生活をするようになったのですが、見失った子どものことを忘れることができません。
ある日、長者の家の門の前で一人の貧しい物乞いが立ち寄りました、長者は一目見てその男を自分の子どものなれの果てということに
気づきました。しかし若者はそれが自分の父親だとは夢にも思いませんでした。・・・・・・・・・・その若者を、長者の仕事を覚えさせ、国中にパーテイをして自分であると宣言した話です。
ここでいう長者は仏であって、息子を衆生です。息子は仏になることを知らずに、迷いの姿を見て哀れんで、次第に方便を持って成仏させるという話です。この話でわかるように、人はみな仏になることが出来るのです。



Posted by 住職日記 at 07:35