本日、雛人形をいただきました。五段のりっぱなものです。購入したら、20万円もするかな。
本来、娘さんがお嫁に行くときに持たせるのですが、今は、もういらないというのだから、世の中変わりましたよ。持ったないことです。
昔は、女の子が生まれたら、買ってあげるのですが、それを嫁にいくときにもたせてあげる事が習慣ですが、家というものに固守してきたのです
ところが、家も一代限りなっていることに寂しさを覚えます。後を取る息子に家をゆずり、代々受け継いできたいのですが、それも今はなくなりかけています。いまでは、大きな家が空き家になりつつあるのがさびしいです。
もしよかったら、雛人形をお譲りしますので、連絡ください。
本来、娘さんがお嫁に行くときに持たせるのですが、今は、もういらないというのだから、世の中変わりましたよ。持ったないことです。
昔は、女の子が生まれたら、買ってあげるのですが、それを嫁にいくときにもたせてあげる事が習慣ですが、家というものに固守してきたのです
ところが、家も一代限りなっていることに寂しさを覚えます。後を取る息子に家をゆずり、代々受け継いできたいのですが、それも今はなくなりかけています。いまでは、大きな家が空き家になりつつあるのがさびしいです。
もしよかったら、雛人形をお譲りしますので、連絡ください。
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15:14
喜びや悲しみを共有してくれるのは、家族である。そして家族はともに支え合って生きていける。これが家族のありがたいところである。
何かにとらわれて迷い悩んでいる姿を家族に見せることで、心配をくれるのです。
静かに、自らを反省して見るとき、私たちはいつのまにか何かにとらわれ、思い悩むのである、これを餓鬼道に落ちると言うことなのである。
いいかえれば、何かになやみ苦しむのは何かにとらわれているからです。なにかにしがみついているのです。そんなとき、家族のありがたさを感じるものです。家族が餓鬼道に落ちる身をすくつてくれるのです。SMSという便利なものがありますが、これに頼りすぎると自分を見失い、命を落とす事例があります。そんなとき、家族に相談していれば、命がすくなわれるのです。つまり、口から出すことですっきりして、いいことがおこるものです。
何かにとらわれて迷い悩んでいる姿を家族に見せることで、心配をくれるのです。
静かに、自らを反省して見るとき、私たちはいつのまにか何かにとらわれ、思い悩むのである、これを餓鬼道に落ちると言うことなのである。
いいかえれば、何かになやみ苦しむのは何かにとらわれているからです。なにかにしがみついているのです。そんなとき、家族のありがたさを感じるものです。家族が餓鬼道に落ちる身をすくつてくれるのです。SMSという便利なものがありますが、これに頼りすぎると自分を見失い、命を落とす事例があります。そんなとき、家族に相談していれば、命がすくなわれるのです。つまり、口から出すことですっきりして、いいことがおこるものです。
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06:37
お彼岸は、春分と秋分の日を中日としてそれをはさんで前後3日の7日間のことを言います。
彼岸とは文字通り向こう岸のことです。その世界が仏の世界ということになります。そうすると向こう岸の対岸を此岸というのです。此岸はこちらの世界、いわゆる娑婆世界のことで、いつも生きる苦しみにいきているのです。つまり私たちは、理想の境地を目指して生きているのです。
だけど、急いで彼岸に向かわなくてもいいのです。いわゆる仏の世界は、すべて、この世でやりつくないといけないのです。自分の思っていることや、企業の社長に昇進するまでは、がむしゃらに頑張り抜いて、その世界を見なければ、彼岸にはいけないのです。やり残すと未練の心がうまれてくきて、思い悩むのです。やり通す事、それが仏の世界なのです。だから、経文のなかに「成就」ということが書かれているのです。何事もやり通す事。成功をみることだと考えます。怠けていれば、成就できないのです。怠けることを「懈怠」という言葉です。これも経文にあります。
だから、生きるというのは精進せよとお釈迦さんは説いているのです。精進イコール努力なのです、何事にも一生懸命いきることです。そうすれば、仏の世界に到達できるのです
彼岸とは文字通り向こう岸のことです。その世界が仏の世界ということになります。そうすると向こう岸の対岸を此岸というのです。此岸はこちらの世界、いわゆる娑婆世界のことで、いつも生きる苦しみにいきているのです。つまり私たちは、理想の境地を目指して生きているのです。
だけど、急いで彼岸に向かわなくてもいいのです。いわゆる仏の世界は、すべて、この世でやりつくないといけないのです。自分の思っていることや、企業の社長に昇進するまでは、がむしゃらに頑張り抜いて、その世界を見なければ、彼岸にはいけないのです。やり残すと未練の心がうまれてくきて、思い悩むのです。やり通す事、それが仏の世界なのです。だから、経文のなかに「成就」ということが書かれているのです。何事もやり通す事。成功をみることだと考えます。怠けていれば、成就できないのです。怠けることを「懈怠」という言葉です。これも経文にあります。
だから、生きるというのは精進せよとお釈迦さんは説いているのです。精進イコール努力なのです、何事にも一生懸命いきることです。そうすれば、仏の世界に到達できるのです
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08:02
秋のお彼岸がやってきます。
暑さ寒さも彼岸までということばがあるように、人々の心に安らぎを覚えます。今年も暑さに苦しめられました。そして、1ヶ月あまり辛抱して耐えてきた結果ではないかと思います。人生も同じです。新盆して耐え抜けば、きっと良いときがやってきます。ところが世の中、便利になり、何でも手に入れられるようになると、辛抱ができなくなります。すると、命を絶ってしまうことが多くなっています。それがお彼岸ではないでしょうか。一生懸命生きてきて、お彼岸で御先祖様のお墓参りをすれば、心がゆとりができ、また生き直そうという力がわいてくるのです。今は亡くなった親や子どもさんのことを思うと、命の大切さを感じる者です。今いきているという感謝の心が生まれるものです。
お彼岸は、交通安全週間だと思います。右見て、左見て、そしてもう一度右を見て行くのです。安全を確かめていくと、禍が取り除かれて、安心して生けるのです。この確認が仏さまを思うことなのです。仏さますなわち我が命を守ることになります。
死んではだめなのです。この世に生き続けていれば、h自分が必要とされ、るのです。そうすれば、自らいのちを捨てる事がなくなるのです。
家族のため、社会のため、寿命が尽きるまで生きたい者です
暑さ寒さも彼岸までということばがあるように、人々の心に安らぎを覚えます。今年も暑さに苦しめられました。そして、1ヶ月あまり辛抱して耐えてきた結果ではないかと思います。人生も同じです。新盆して耐え抜けば、きっと良いときがやってきます。ところが世の中、便利になり、何でも手に入れられるようになると、辛抱ができなくなります。すると、命を絶ってしまうことが多くなっています。それがお彼岸ではないでしょうか。一生懸命生きてきて、お彼岸で御先祖様のお墓参りをすれば、心がゆとりができ、また生き直そうという力がわいてくるのです。今は亡くなった親や子どもさんのことを思うと、命の大切さを感じる者です。今いきているという感謝の心が生まれるものです。
お彼岸は、交通安全週間だと思います。右見て、左見て、そしてもう一度右を見て行くのです。安全を確かめていくと、禍が取り除かれて、安心して生けるのです。この確認が仏さまを思うことなのです。仏さますなわち我が命を守ることになります。
死んではだめなのです。この世に生き続けていれば、h自分が必要とされ、るのです。そうすれば、自らいのちを捨てる事がなくなるのです。
家族のため、社会のため、寿命が尽きるまで生きたい者です
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08:38
日ごとに、暮らしやすくなります。暑さも次第に楽になり、心安らかになってきました。田んぼも刈り始められ、いよいよ収穫の時期を迎えています。農業に携われる方には、無理をしないでくださいね。
風が冷たく感じるころで、体調をくずさますようお祈りしています。
コロナもいっこうに収まらず、感染拡大しています。規則正しい生活をして、免疫力を高めてください。
8月16日大阪、泉大津に住んでおられるひとり暮らし高齢者宅に、お参りする予定でしたが、大津と京都と間で土砂崩れで通行止めのニュースをきいて、取りやめをしたことで、お伺いできなかったので、明日行こうと思って、連絡をしたら、けがをされていてました。なんと哀しうことです。でも、お声は、元気そうだったので、すこし安心しました。
今年の御盆は、雨にたたられて、人々は大変でした。長老がいうには、墓参りに雨が降ったのは、生まれてこの方、初めてとよく聞きました。
それだけ地球環境が悪くなっているのだなと感じます。今こそ、自然を大切にする心を養って頂きたいと希望します。便利良い時代だからこそ、考えてもらいたいです。
風が冷たく感じるころで、体調をくずさますようお祈りしています。
コロナもいっこうに収まらず、感染拡大しています。規則正しい生活をして、免疫力を高めてください。
8月16日大阪、泉大津に住んでおられるひとり暮らし高齢者宅に、お参りする予定でしたが、大津と京都と間で土砂崩れで通行止めのニュースをきいて、取りやめをしたことで、お伺いできなかったので、明日行こうと思って、連絡をしたら、けがをされていてました。なんと哀しうことです。でも、お声は、元気そうだったので、すこし安心しました。
今年の御盆は、雨にたたられて、人々は大変でした。長老がいうには、墓参りに雨が降ったのは、生まれてこの方、初めてとよく聞きました。
それだけ地球環境が悪くなっているのだなと感じます。今こそ、自然を大切にする心を養って頂きたいと希望します。便利良い時代だからこそ、考えてもらいたいです。
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09:13
人は。みないつかは死が迫ってくる。どうすることもできない事だ。延命したくても、できない事情がある。たとえば
車で移動するときのことを考えてみよう。道路には。たくさんの危険をはらんでいる。道を歩いている高齢者がいる。黄色なのにアクセル踏んで交差点に進入する車。居眠りをしている運転手。飛び出す子ども、など多くの危険が潜んでいる。いつ加害者になったり、被害者になることもある。
無事に帰れることを祈りながら、毎日をいきている。生きている以上、いつ死ぬかわからない。それでいま生きている。だからこそ感謝の気持ちが大切なことです。不足な気持ちでいきていると、禍に遭い、命を落としかねない。そんなとき、感謝の気持ちこそが延命できるのではないかと考えます。
車で移動するときのことを考えてみよう。道路には。たくさんの危険をはらんでいる。道を歩いている高齢者がいる。黄色なのにアクセル踏んで交差点に進入する車。居眠りをしている運転手。飛び出す子ども、など多くの危険が潜んでいる。いつ加害者になったり、被害者になることもある。
無事に帰れることを祈りながら、毎日をいきている。生きている以上、いつ死ぬかわからない。それでいま生きている。だからこそ感謝の気持ちが大切なことです。不足な気持ちでいきていると、禍に遭い、命を落としかねない。そんなとき、感謝の気持ちこそが延命できるのではないかと考えます。
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20:33
人は、過去に過ちを犯し、気づけば反省して、未来のために生きる。過去の反省がなければ、願いが叶うことない。だけどほとんどの人々は、時の流れに任せる。そして、過去の過ちを忘れて、また同じ過ちを犯す。その時は後悔の念でいっぱいだが、また忘れる。まるで認知症みたいです。ほんとは、過去の過ちを忘れてはいけない。それを受けて、失敗しないように努力することが成功への道ではないかと思います。
今、私は、その過去を思い出そうしている。思い出して、あのときの行動を戒めていかねば、絶対にうまく生きていけないことを胸に刻んでおくことにする「
今、私は、その過去を思い出そうしている。思い出して、あのときの行動を戒めていかねば、絶対にうまく生きていけないことを胸に刻んでおくことにする「
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15:18
仏教には、六道という教えがある。六道とは、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天道の6つの世界があるとお経に説かれている。
地獄と餓鬼は欲望の世界で有り、畜生と修羅は色欲の世界で有り、残る人間と天道は無色の世界ということである。
欲望の世界は、欲をほしいままにいきる。色欲の世界は、性欲をほしいままにする。そして無色の世界は、煩悩を超越した悟りの世界のことを言うのであります。
地獄、餓鬼、畜生、修羅は迷いながら生きるということではないかと思います。あれがほしいが、目移りして、手に入れるのにいろいろ考えるということです。
私たちは、その迷いの中で、生きているのです。そんなときに、人生の先輩に教えをこいねがったり、仲間を作り、仲間から良い智慧をさずかったり、また、良い本に出会うことで、最良の選択して、年を重ねていき、後輩にまた、教えを伝えていくのである。これが、この世界でいきるというのではないでしょうか。
地獄と餓鬼は欲望の世界で有り、畜生と修羅は色欲の世界で有り、残る人間と天道は無色の世界ということである。
欲望の世界は、欲をほしいままにいきる。色欲の世界は、性欲をほしいままにする。そして無色の世界は、煩悩を超越した悟りの世界のことを言うのであります。
地獄、餓鬼、畜生、修羅は迷いながら生きるということではないかと思います。あれがほしいが、目移りして、手に入れるのにいろいろ考えるということです。
私たちは、その迷いの中で、生きているのです。そんなときに、人生の先輩に教えをこいねがったり、仲間を作り、仲間から良い智慧をさずかったり、また、良い本に出会うことで、最良の選択して、年を重ねていき、後輩にまた、教えを伝えていくのである。これが、この世界でいきるというのではないでしょうか。
Posted by 住職日記 at
08:12