2021年08月20日 地獄は人が作り、極楽は仏が作る
この娑婆世界は、苦しみに耐えるところである。人はみな思い通りにならない、だから苦しいのです、思い通りになるのなら、楽なことはない。もし思い通りになるのなら、それは努力の賜物である、努力する事は仏がいただけるのである。しかしながら、努力して勝ち得た成果は、有頂天になっていると、地獄に真っ逆さまに落ちていくのである。
たとえばお金持ちになあれば、それまでの人生の努力が、ふっとび、ただ怠け癖がつき、お金がなくなっていき、家や財産を売り飛ばして、家庭崩壊を招いてしまう事になる。また、お金で争いごとが起こり、互いに傷つけてしまう。いわゆる地獄を作り、苦しみ合うのである。
ところが、仏は極楽をつくるのである。仏さまは、慈悲深く、相手を思いやり、相手の気持ちを推し量る。皆は福なる笑顔で、接してくれる。これが極楽である。仏教では、生きている人間の心を育み、幸せな生き方をできるように、おしえを説き、実践して、苦しみのない世界を作るのである。これこそ、極楽の世界なのである。よく、死んでいくところは極楽世界と言われるのですが、あの世は、くるしみがなく、迷いがない、極楽と言われます、本当は、この娑婆世界に、極楽世界を作ることなのです。長生きができるのは、極楽世界なのではないでしょうか。もし、くるしみにもがきくるしんでいれば、長生きができないのである。長寿が迎えられてこそ、幸せな世界、極楽世界なのである。
ところがねたみ、うらみ、相手を傷つけたりするから、地獄なのである。
おなかが空いて、自己中心になるから、相手のものをむすんだり、殺生したり、いじめたりするのです。おなかが空いても、我慢する心があれば、皆は、仏心が芽生えて、極楽世界を作ることができるのであります。
今の社会、コロナで苦しみ、仕事をなくしたり、収入が減少するから、ときに地獄のような生き方をせねばならないのです。でも、日本人は我慢して耐えているから、極楽世界ではないでしょうか。
たとえばお金持ちになあれば、それまでの人生の努力が、ふっとび、ただ怠け癖がつき、お金がなくなっていき、家や財産を売り飛ばして、家庭崩壊を招いてしまう事になる。また、お金で争いごとが起こり、互いに傷つけてしまう。いわゆる地獄を作り、苦しみ合うのである。
ところが、仏は極楽をつくるのである。仏さまは、慈悲深く、相手を思いやり、相手の気持ちを推し量る。皆は福なる笑顔で、接してくれる。これが極楽である。仏教では、生きている人間の心を育み、幸せな生き方をできるように、おしえを説き、実践して、苦しみのない世界を作るのである。これこそ、極楽の世界なのである。よく、死んでいくところは極楽世界と言われるのですが、あの世は、くるしみがなく、迷いがない、極楽と言われます、本当は、この娑婆世界に、極楽世界を作ることなのです。長生きができるのは、極楽世界なのではないでしょうか。もし、くるしみにもがきくるしんでいれば、長生きができないのである。長寿が迎えられてこそ、幸せな世界、極楽世界なのである。
ところがねたみ、うらみ、相手を傷つけたりするから、地獄なのである。
おなかが空いて、自己中心になるから、相手のものをむすんだり、殺生したり、いじめたりするのです。おなかが空いても、我慢する心があれば、皆は、仏心が芽生えて、極楽世界を作ることができるのであります。
今の社会、コロナで苦しみ、仕事をなくしたり、収入が減少するから、ときに地獄のような生き方をせねばならないのです。でも、日本人は我慢して耐えているから、極楽世界ではないでしょうか。
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住職日記
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02:46