2020年07月02日    食べられることのありがたさ

コロナショックで、人々は職を失い、毎月の収入がない人がふえてきている聞きます。
私も、お参りが減り、収入がなくなってきました。そうなると、三度の食事が大変ありがたいです。
 仏教の行事で、施餓鬼会が、お盆に開催します。
この施餓鬼は、佛弟子の阿難尊者が短命を逃れ、目蓮尊者の悲母のの飢渇を救うために供養する法要です。
これはまた、現代人が抱える苦悩そのものであり、今も昔も変わらないということです。人間、腹を空かし、食べるために生きているのです。そこには、仕事をして、空腹を満たすという最低限の行いではないでしょうか。
食べるには、労働はつきもので、働かざる者食うべからずといことばがあるように、働かないものは、食べる事を戒めているのです。
 だけど、コロナで、働けなくなった人が増えているのは大変かなしいことである、何か手に職を持たねば、食べられない現実を感じたのは、このときであります。人間原点に立ち戻って考えないと滅んで行くのではないかと考えさせられました。



Posted by 住職日記 at 07:45