2018年03月30日 仏の道に成就するとは
人生は、目標を定めて、そしてその目標を成就することだと考えます。しかしながら、生身の人間は、大方、途中で挫折してしまうことが多いのです。
例えば勉強のことでもそうですが、しっかりできて結果に満足したという時と、まあまあでやっぱり後悔したという時もあるでしょう。
当然そこはやる気次第です。
親が子供にやる気を出させようと、子供のほっぺたをたたいても、そこにやる気スイッチがつかないのです。その結果、子供のやる気は出なかったわけです。
自分がやる気になるかならないかは、人に促されることも大事ですが、やはり本人の自覚がないとつきません。
しかし、そこはまだ入り口であり、無事にスイッチを押すことができても、そこからは親も周りも見守ることしかできません。
後は本人がどれだけ努力をするか。何事も持続することによって物事は成就していく、つまり願いが叶うのです。
この話の中で、登場する子供は凡夫である私達であり、子供のためになんとかしてやりたいと想う親の姿は仏様の慈悲であります。
仏様はどうにかして、私達を導いて救おうと考えておられます。
仏様の教えを自分がどれだけ持ち続け、生活することができるか、信仰を持続することができるかが大事なのです。
人は何歳になっても勉強です。
学ぶことはたくさんあります。 色々な経験をすることも必要です。
そこに仏様の教えをプラスして、自分の目指すことが成就するように努力を惜しまない。
「やってやれないはずがない。やらずにできるはずがない。」
自分が納得いくところまでやる。それが成就に繋がるということです。
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住職日記
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