2016年06月21日    飲みといわばつち、これは縁起の法

 のみ(鑿)をくれと言われたら、即座にそれに必要なつち(鎚)を同時にもってくることです。つまり何につけても気のつくことのたとえです。
ことわざに一を聞いて十を知ることと同じであります。
 のみは大工の必要な道具であり、左手に持ち、右手の鎚で、その頭をたたいて材木に穴を開けたり、溝をつけたりします。
なにも全体を見えなくても、重箱の隅がわかるのが眼力のある人です。またちょっとした言葉を聞いただけで、他人の心の奥底を見抜ける人間になるには、長い修練を経た後、はじめて到達できるのです。
 いわゆる物事の真相を洞察するには全体を見、将来を見通す智慧が必要と言うことになります。これを縁起の法と言います。
 あうんの呼吸になるには、お互い我慢して、良好な関係を作らなければならないのが修行です。
 この修行をしたなれば、成功者になれるのではないでしょうか。



Posted by 住職日記 at 07:45