人生、質素に生きてこそ幸せを得られる
僧侶の姿は、質素に生きるかrらこそ、人々に幸せを与えるものです。
坊さんの着る衣は、ぼろ布を張り合わせたもの、世間の人が不要になったものを身にまとうことで、世俗を捨て、栄華を求める煩悩を断ち、修行に打ち込むことの表明となります。
托鉢用の鉢は、修行一筋で働かないので、食べていけない。人からの施しによって命をつなぎ、修行に打ち込むことになります。
他人からの施しで生きていくこと。
それは質素な生活に安住することでもあります。
質素な暮らしに安住してこそ、世間の煩わしさから逃れることができ、大切な真理がみえてくるのです。
人は、華々しい生活、栄華を求め、それに囚われてしまう。あるいは、他人の成功や暮らしに目を奪われ、自分と比較し、落ち込んだりもする。しかし、モノにあふれ、お金持ちであったとしても、それは、幸せであると勘違いします。
富める人もまた、その富を守ろうとしたり、増やそうとしたりすることに囚われ、終わりなき無明の世界に埋没してしまう。
質素な生活であればこそ、本当に大切なものを見失わずに生きていくことができるのだとお釈迦様は説いたのです。、物で溢れた現代人に僧侶は人々に説き歩いて生きたいです。